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マルティニークはじめ、仏領の島々で作られるアグリコールラム、僕が初めて出会ってからかれこれもうすぐ20年だろうか、ああ年月の経つのは早いものだが、そのアグリコールラムが自分とこんなに深く関わるとは思ってもいませんでしたね、出逢いと人生は不可思議です。
日本でラムフェスタみたいなアグリコールラムのイベントが催されることじたい考えもできませんでした。

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写真は『La Mauny』のブラン(ホワイトラム)
エレガントかつ野性的、明るくどこか優しげなこのラムのラベルはかつてから僕は大好きでした。
そう、フレンチ・カリブの音楽もそんなところが共通しています。








曲はMathilde Albon JacobsonのMon Paradis、マチルデ・アルボン・ヤコブソン、フランス語よく知らないのですがこの読みでいいのでしょうかね、曲名は『私のパラダイス』
風になびくヤシの木と太陽の光と花がいっぱいな感じがいいですね、ソプラノサックスの半音下がりなところとか泣けてきますね〜。




マルティニークのビギンは19世紀なかばに生まれたとも言われています、黒人やその混血の人々が社交ダンスの場で様々な欧州の舞曲を演奏させられたのがきっかっけとの説もありますが、定かではありません。

そして長年島の人々の生活の場で生きて来たビギンは、192〜30年代に花の都『巴里』で花開きます。

第一次と第二次世界大戦の狭間、つかの間の平和と繁栄を謳歌していた『巴里』

アール・デコの文化が花開き、ピカソやコクトーがカフェで芸術論議を交わし、ヘミングウェイが執筆活動を始め、クリスチャンディオールが新進気鋭のデザイナーとしてデビューし、エディットピアフが街角の大道芸人からシャンソンの大スターへの階段を昇り始めたりと、まさに特別な時代だった巴里。


数多くの万国博覧会も開催され、未知の外国文化や植民地文化が多く紹介された時代でもあります。

そんな時代の風潮のなか、ビギンはアレキサンドリオ・ステディオという1人のクラリネット奏者を中心に大流行します。






巴里にて、多くの都会的風俗にさらされ、当時やはり流行していたキューバ音楽やジャズなどにも影響され、ビギンは一気に音楽として成熟します。
しかし、時代は第二次世界大戦へと大きく傾き、激動の時代のなか、このいち植民地の音楽は世界から忘れられて行きます。


映画のワンシーンのようです、古き良き時代のビギンはこんな感じだったのでしょう。




おっと〜テーブルにはラムのセントジェームズとおぼしきボトルが見えますね。

ラグタイムやニューオリンズの音楽ともいろいろ共通点を感じてしまいます、このへんの音楽はみな繋がっているのです。


そしてビギンが再び世界から注目を集めるのは東西冷戦終結後のワールドミュージックのブームまで待たねばなりませんでした。


80年代にZOUK、ズークという打ち込みビートのダンスミュージックが一世を風靡していました、ズークの話はあまりに長くそれるので今回はしません。
現代的なアプローチのズークが人気の時代に『マラボア』というスーパーグループが世界へ羽ばたきます。

『マラボア、MALAVOI』伝統的なフレンチカリブのリズムをベースに、キューバのチャランガバンドの要素を取り入れた極めて完成されたスタイリッシュなバンドです、特徴はなんといっても強靭なリズムセクションと鮮やかなストリングスです。





そしてもう一人、KALIというアーティストが登場します、これはまた次回へ、ああなかなか長くなります。
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